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司法試験のPC入力への変更に思うこと 人間の能力は道具によって引き出される

司法試験が手書きからPC入力へ

司法試験が、手書きによる答案作成からPC入力に移行するという報道がなされた。

私が司法試験を受けた頃は、受験用にモンブランのボールペンや万年筆を購入することも珍しくなかった。手が疲れるとか肩が凝るとか、実に意味のない苦労を強いられた。それがなくなるというわけだ。

 

目次

方向性には基本的に賛成

だから、手書きを辞めてPC入力にするという方向性自体には、基本的に賛成である。その一番の理由は、実務では手書きで書面を作成しないからである。

私の司法修習同期に、キーボードを人差し指だけで打っている弁護士がいた。その弁護士はキーボードがまともに打てないことを隠して法律事務所に就職し、その後キーボードが打てないことがバレてパソコン教室に通わされたそうだ。端から見ている分にはただの笑い話である。しかし、当人たちにとってはとんでもない話だ。採用した側は、さぞ迷惑したことだろう。

優秀な弁護士の条件のひとつに、仕事が早いということが挙げられる。このことに異論はないだろう。そして、仕事の速さを決定づける要素のひとつが、書面作成の速さである。書面の作成は、もちろん、内容を決めるに当たっての調査や、文章構成の検討なども重要で、そこにもスピードの差は出てくるが、キーボードが打つのが早いか遅いかも、かなり影響するのではないかというのが私の感覚である。上記の彼などは、今後は、司法試験の段階で弾かれることになるだろうし、キーボードを打つのが遅い人にとって不利になる試験にすると言うことは、その分、実務における能力と試験におけるパフォーマンスを整合させる方向に向かうということになるだろう。よって、私は基本的に、手書きからPC入力への移行自体には賛成である。

 

考えられる影響

しかし、手書きからPC能力への移行に伴って、単なるアウトプットの技術的変化に留まらない影響が出ることが予想される。試験の制度運営に当たっては、そのことも念頭に置いておく必要がある。

まず、試験におけるアウトプットが増加することが考えられる。手で書くより、キーボードで打つ方が、1分間により多くの文章を出力できるからである。これにより、試験において要求されるアウトプットの分量が増加し、これまで以上に、アウトプットの時間に差が出やすくなるであろう。

また、採点の問題もある。手書きと異なり、PC入力によるデータは、検索性に優れているため、コンピュータによる自動処理がしやすい。これにより、採点者による点数のばらつきを抑制できる反面、採点が形式的、画一的になりやすくなる可能性がある。例えば、特定のキーワードを記載していれば加点する、という採点基準を採用すれば、採点者の力量や好みが反映される余地がなくなるため、採点自体はある意味公正になるだろうが、そのような採点基準でよいのかという問題は別途、検討する必要があるだろう。このように、PC入力への移行は、採点基準の在り方にも再考を迫ることになると思われる。

 

法務省に提言したいこと

その上で、実務に携わるものとして、PC入力による司法試験を実施するにあたり、2点ほど注文を付けたい。

ひとつは、マイキーボードの持ち込みを可とすべきである。私は、自宅でも事務所でも、東プレ社のReal Forceを愛用している。正直、出先のノートPCによる書面作成と比較して、作成のパフォーマンスは大きく異なっている。また、肩への疲労も少ない。知り合いの弁護士(元裁判官)も、別のメーカーではあるが、ハイクラスのキーボードを愛用しており、文章作成のパフォーマンスは、キーボードに依拠している部分が少なくない。

もうひとつは、IMEを選択可能にすることである。私は、中学生の頃から、ジャストシステム社のATOKを導入している。ATOKは、日本語入力に特化したIMEであり、辞書機能が充実しているため、固有名詞などを入力する際の負担が少ない。また、学習機能も充実しており、最近では、タイプミスを自動で修正してくれる機能や、打ち方の傾向を月毎にまとめて報告してくれる機能、タイピング時間が長くなり、ミスが多くなってくると休憩するように提案してくれる機能なども搭載されている。学習も、クラウドデータを用いてビッグデータによる処理がされるので、入力制度はまさに日進月歩である。ワープロソフトの王座が一太郎(ジャストシステム社)からWordになって久しいが、日本語を操るのは基本的には日本人に限られることを踏まえると、ATOKに代替するIMEは、しばらく出現することはないだろう。

これに対し、個人的な意見として、マイクロソフトIMEやGoogle IMEは、やはり英語を入力するためのソフトだという印象が強い。日本語入力は、英語と異なり、いったんひらがなを打った上で、漢字に変換するという作業が必要になる。英語圏の国で作成されたIMEは、どうしてもこの変換部分が弱い。私の書類作成時間短縮に、ATOKが大きく寄与していることは間違いないと自信を持って言える。逆に、司法試験でマイクロソフトIMEの使用を強制されると、多大なるストレスを感じてパフォーマンスが落ちてしまうことだろう。

 

弘法は筆を選ばず?

「弘法は筆を選ばず」ということわざがある。一般的には、優れた技量を持つ人物は道具の善し悪しに左右されないという意味に解釈されている。しかしながら、実際には、弘法大使は一級品の筆を使っていたという。このことわざの本来の意義は、一級品の道具は、それを使う人の技量に左右されるという意味であるという。英語にも、a bad workman always blames his toolsということわざがあり、「無能な者ほど道具のせいにする」という意味である。立派な道具も、それを扱うだけの技量がなければ無価値と言うことだ。

弘法大使の時代の筆と、現代における各種ガジェットでは、話が違う。現代において、人間の能力は、技術、すなわち道具によって引き出されるウェイトが高まっている。私自身、PCによる書面作成ひとつとっても、キーボードからIME、その他多くの道具に支えられている。PCの構成ひとつとってもそうであるし、ノートPC、iPhone、iPad、AirPods、ドキュメントスキャナ、PDF編集ソフト、IP電話や案件管理ソフト、判例検索システムなどの各種業務支援ソフト等、様々なハードウェア、ソフトウェアに私の弁護士業務は支えられている。

紙に手書きさせるという苦行から受験生を救済し、より実務に近い試験を導入したこと自体は評価されるべきである。しかし、今後は、そうした道具を使いこなせる人材を適切に見抜く努力がますます重要になってきていると言えるだろう。それを司法試験に求めるか、2回試験に求めるか、採用段階での専攻の問題にするかは難しい問題である。

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